TwitterやFacebookなど老若男女問わず誰もがSNSを利用しているかと思いますが便利な反面、誤った使い方やコンプライアンスに反した行いをしてしまうと、炎上という形で取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいます。近年でもテレビで取り上げられているようにアルバイトの問題行為がSNSで拡散されて大きな話題を呼びましたね。誰が見ているか分からないSNSでは「ただの悪ふざけのつもりだった」という言い訳は通用しないのです。また就活生の場合でも炎上…とまではいかなくてもSNS上での振舞い次第で就活が思わぬ方向へと転びがちです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネットリテラシーの欠如はリスクしか生まない

 

 

 

 

誰もが閲覧できるSNSという環境だからこそ、実際に会った時のやりとり以上に自分の振舞い方には注意を払わなければいけません。SNSを用いた不祥事はこういった意識の無さが引き起こすものであり、自分の発信した情報にどの程度の影響力があり、閲覧した人間がどんな気持ちを抱くのかを想像出来ない人が軒並み“炎上”という形で炙り出されています。テレビやネットニュースでも頻繁に、SNS上で起きた不特定多数の人間を貶すような発言に問題行動の露呈などが取り上げられ物議を醸していますね。分かりやすい例を挙げるならば、コンビニや飲食店で商品をぞんざいに扱い、店の設備を不衛生な状態にして盛り上がりその光景を撮影したものなど…。数年前にはコンビニで陳列されている商品を傷ものにした挙句、店の人間や警察を挑発する旨の動画を作って処罰された者も現れました。後者はSNSというより動画投稿サイトで起きた事案ですが、誰が見ているか分からない環境下にもかかわらず問題行動を嬉々として撮影してしまい、他人を不愉快な気持ちにさせる点では共通しています。

 

また、他にもこういった場面で共通するのは問題を起こしがちなのが若い年代が顕著だという事です。まだまだ人生経験が浅く学校やアルバイト内という狭い世界でしか生きた事の無い彼らの場合、社会のルールや影響力というのがイマイチ理解しづらいもの。まぁ…普通の環境でまっとうな教育を受けたのなら、こういった行為は頭に思い浮かぶ事はあっても実践するなんて事は考えにくいものですが。誤解の無いように言っておきますが、いい歳した大人でも犯罪・迷惑行為をアップロードして自身だけでなく会社や家族に損害が行くケースは大いにあります。新入社員を怪我が伴うイジメで追い詰めてその光景を撮影したり、自社の機密性の高い情報をTwitterなどSNSにアップして世間からの信頼に傷がついたりと様々。ただ全体的な発生件数を見てみると若年層の事案が目に余るものがあります。ではなぜこういう問題が年々起きているのかはとどのつまり「ネットリテラシーの欠如」としか言いようがありません。ネットリテラシーとは“インターネットの利便性や危険性を把握し、規律を乱さず適した情報を吸収・発信する事が出来る能力”を指す言葉です。ここ数年でSNSが爆発的に普及しそれと同時に世間一般に浸透してきた言葉なので、近年では学校でも教育の一環として取り上げられる事も。

 

 

 

 

では何で授業の場面でもネットリテラシーの重要性について教育されているのに、若い世代で未だに炎上案件が減らないのでしょうか。“普通の人”は常識の範囲内で行動し、自分や他人の行動に対して「これは良いこれはダメ」だと社会のルールに沿った判断を冷静かつ客観的に行えるものです。ただ問題を撮影しネットにアップするタイプはこういった規範から外れて軽率な行いを“ただのわるふざけ”として軽く捉えているのがほとんど。その結果、学校や店の信頼が一気に下降して学生だろうとアルバイトだろうと膨大な額の損害賠償を請求されて人生を自ら棒に振ってしまうのです。ですが十数年前からインターネット環境は家庭内でも普及しており、当時も問題が無かったとは言い切れませんが、現状よりも乱れた振舞いが横行していたというわけではありません。長々と語ってしまい申し訳ないのですが、結論として言えるのは「オールドタイプとネット新世代の価値観の相違」がこういった問題を生んでいるのではないかと考えられています。

「オールド? 新世代? 何言ってんだコイツ」と思われてしまうかもしれませんが90年代末期や00年代では、インターネットで画面の奥にいる他者とチャットなり掲示板なりで会話するのは当たり前の感覚ではなく、「互いに相手の事を知らない立場だからこそ節度をもって対応しないと」という意識が根付いていました。画面に浮かび上がる文字を通したコミュニケーションだからこそ、“見えない相手”を想像して言葉を選んで発言するというのが、当時のネット社会での当たり前だったのです。もちろん稀に風紀を乱すような者もいましたが、今のような甚大な犯罪行為や迷惑行為に繋がるような真似には至らず、「危ないな」と感じたら多くの人間が良識をもって対応する事も多くありました。ただ、新世代のネット民という“既に完成されたネット環境を何の疑いも無く享受する立場”は、こういった経験や従来の価値観が十分に培われていないのがほとんど。前者の所謂オールドタイプの人達よりも“たとえネットでも実在している人間と接しているんだ”という意識が希薄化しているのがネットリテラシーの欠如にも繋がっている要因だと考えられます。SNSや動画投稿サイトなどインターネットを用いる多くの人と容易に繋がれる環境では、注目度が“いいね”や“再生数”などと具体的な数値で表れて、良し悪しは置いておいて自分がどれだけ他人から見られているのかが可視化出来るようになりました。その結果「もっと自分を知ってもらおう」と奇を衒った行いをして、ネットの拡散性を利用して更に情報が拡大していく…。こういう各々の自己顕示欲の強さも炎上案件が誕生する要因として含まれています。拡散機能はビジネスシーンや慈善活動の面では非常に活用のし甲斐があるものであり、国内外問わず多くの人に注目される貴重な機能ですが、“邪な行動”をアピールし拡散してしまうのは非常に愚かであり、非難の対象となるのは自明の理です。

 

現在の学生のコミュニケーション手段

 

 

 

 

一昔前までは他者とのやりとりを行う手段は電話やメールが一般的でしたが、情報化極まりつつある現在では、LINEやTwitterなどのSNS上のやりとりもコミュニケーションツールとして定着されてきています。フォーマルな場や緊急を要する事態では昔も今も電話で会話をするのは相変わらず、しかしLINEの普及によってメールという従来の伝達手段が過去の遺物として考えられているのです。社会人の場合は業務のやりとりや挨拶を今でもPCの電子メールで行う事が多々あるかと思いますが、プライベートの時間などではスマホに備わっているメール機能を使わずLINEで事を済ます場合が目立つようになりましたね。確かにメールに比べてLINEの方が既読確認機能によって相手が情報を読み取ってくれたかをぱっと見で把握出来ますし、文字や画像を送信するのにそこまで時間も必要としないので、利便性で言えばLINEに軍配が上がります。それに組織に属している者なら社内外のやりとりをグループ機能で複数人と行えるので、メールという手段そのものが淘汰される可能性はまだ無いと思いますが、文字を介した情報伝達の手段ではLINEが今後も変わらず活躍しそうです。

 

そして今を生きる学生や就活生といった若手世代は、ほとんどがメールではなくLINEで意思の疎通を図るのが一般的。サークルや部活に就活生同士の情報交換の場でも前述のグループ機能が重宝され、メールには無いLINEならではの特性が十分に活かされています。ただ一部で危惧されているのが、こういった文字だけのやりとりばかりでコミュニケーションを取っていると、リアルで対面した時の会話が億劫になり“おざなり”になってしまうのではないかという点です。実際に人と話すのは思いのほか体力と神経を使うものであり、画面上の話し合いなら少し時間を置いてレスポンスしても特に問題も無い上に、表情を窺う事も無いので余計な心配をせずに会話に臨めるのがLINEやSNS、メールの利点といえます。実際対人能力に自信が無いという人でもネット上では饒舌というパターンもよく見かけます。

 

 

 

 

ただ文字だけのやりとりが常態化してしまうと、コミュニケーション能力そのものが徐々に損なわれてしまうのではないでしょうか。面と向かって相手の目を見て話すのは大事な礼儀であり、これが疎かになってしまうといざ対面した時に自然と下向きになったり、心の中で会話する事自体に恐れの気持ちが出てしまう事も往々にしてよくあります。そのせいで相手から暗い印象を植え付けられる可能性も無きにしも非ず。友人同士なら特に問題は無いように思えますが、就活生の立場になると初対面となる人事担当者と選考にてアピールしていかなければならなくなるので、リアルな会話が少なくなってくると自然と会話の質そのものも低下する恐れがあるのです。LINEなどの手段でコミュニケーションを取る事が悪いというわけではありませんが、人間同士の付き合いが専らネットを介したものがメインとなると、人との距離感や接し方を見失いがちになるので気を付けましょう。「生のやりとりが最近少なくなってきたなぁ」と感じるならば、勘を取り戻す意味でも家族や友人など身近な人を相手に挨拶や他愛もない世間話で会話のトレーニングに励むといいでしょう。ちゃんと相手の顔を見て話す事で、表情から相手がどんな気持ちなのかをある程度察する事が出来ますし、向こうにも誠実さを与えて些細なやりとりでも充実した時間を演出出来ますよ。

まとめ

 

 

SNSは欲しい情報を必要な分だけ摘み取り、趣味嗜好や自分の意見を主張するにはとても便利ですが、TPOを弁えず社会の常識から外れた行為をしてしまうと、一気に窮地に追いやられかねない諸刃の剣でもあります。それを避けるために世間ではネットリテラシーの重要さをメディアや教育の場で訴えかけているのですが、未だにSNS利用者の“不祥事”が絶えません。特に社会人になると企業の情報やクライアントへの愚痴などを公開すると個人だけに留まらずお世話になっている幅広い人達にも被害が及ぶ事になるので、これから社会人として羽ばたく事になる若い世代の皆さんは、この記事を機に改めてネットでの発言の影響力とルールの遵守について考えてみてくださいね。