新たな元号「令和」が発表され、5月1日をもって平成の歴史が終わる2019年。30年という長い歴史の中では喜ばしい出来事はもちろん、中には胸を痛めるような事件や事故も数多く起こりました。それは就活の風景でも同じ事が言え、就活のルールや市場に学生達の意識などと目まぐるしい変化があったのです。今回は平成30年間の就活事情を振り返っていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成30年間で起きた就活スタイルの変革

 

 

 

 

1988年に平成が始まってから現在に至るまで、就活生のスタイルや各企業の事情は大きく変化しました。バブル期には金融業界や商社が圧倒的な業績を挙げていき、それに伴い当時の就活生達は銀行などの求人に応募が殺到しましたが、ものの数年で黄金のバブル時代は終焉を迎え金融の人気が下落。数多のビジネスマンがリストラによって職を失うという悲劇がありました。「同じような思いをしたくない」と考える就活生達は、高給やネームバリューで企業を選ぶ意識を改めて、長く働ける企業に応募する安定志向へとシフトしたのです。

 

 

 

ですがかつてのバブル期とは打って変わって企業間でも業績が切迫、さらに高学歴の学生に大人気だった銀行達もメガバンクとして多くが合併して様変わりするなどと、90年代と2000年代の十年間で就活の志向や情勢は大きく覆り、「就活氷河期」が到来したのです。服装に関しても、男性の就活生は今と大きな差のないリクルートスーツに黒染めの頭髪一辺倒なスタイルでしたが、当時女性の場合は比較的自由度がありました。志望する企業毎に“清楚”“爽やか”などと好感度を意識する服装がベターで、ひざ丈の長さやインナーの色まで、自身の個性を売り込む事が許される環境にあったのです。ですが就活氷河期という長期不況が訪れると新卒の就職倍率も年々上昇し、より安定感のある印象で企業を安心させるために、就活時の格好は“好感度重視”から現在の“守りのスタイル”へと変貌しました。このように服装だけ見ても、就活への向き合い方がどう変化していったのかが窺い知れますね。

 

2000年問題(Y2K)や歴史的なテロ事件と国内外で様々な出来事もありましたが、2000年代も依然と変わらず不況の波が寄せては返し、多くの就活生がお目当ての仕事に辿り着けない事情を抱えていました。この時期から“仕事は正社員のみ”という考え方にも違いが生まれて、契約社員や派遣社員といった「非正規社員」の増加も顕著となってきました。今まで当たり前だった正社員雇用という常識が非正規の増加によって覆り、学校を卒業してもいつまでも内定を得られない学生が一旦正社員の道を諦めて非正規労働者としてキャリアを積んでいくのも一般的となったのです。

 

 

 

ですが2008年頃になってくるとIT技術が著しい発展を遂げて、ビジネスシーンや一般家庭にも高度なネット環境が普及するようになりました。それによって海外発や国内産のネットショッピングサイトの台頭や新たなサービス業の誕生で、仕事の選択肢にも彩りが生まれ働き方にも多様化が進んできたのです。ただ良い事ばかりではなくこの時期はリーマン・ショックが発生して日系・外資問わず数多の企業の景気が急降下。大手企業でもなんとか体勢を持ち直す所もあれば、倒産してかつてのバブル崩壊時のように大量の人が職を失う時期でもありました。正規職だけでなく非正規雇用もその影響を大いに受け、“派遣切り”によってリストラがいたるところで起きてしまい、その結果生活に困窮する人も増加し“派遣村”が生まれる要因にも…。

今では各業界で少子高齢化による人材不足によって就活生には嬉しい売り手市場が常態化していますが、わずか10年前の就活事情はこういった急激な景気のショックや非正規に対する待遇の悪さで、新卒でも既卒でも中途でも簡単に正規職の門をくぐる事が叶わない状態にあったのです。

 

このように30年という年月が経って改めて過去に目を向けると、就活の在り方も様変わりしていくものなんだと理解出来ますね。また就活の手段にも変化があり、今までは手書きが当たり前だった履歴書・職務経歴書にも疑問の声が出て、企業によっては手書きでもPC作成でも問題ないという方針、遠方にいる場合は面接選考をテレビ電話やチャットを用いて進めるという場所も。2020年からは経団連が掲げていた就活ルールも廃止されて取り組む事になるので、令和世代が今後どう就活に立ち向かっていくのかという動向が今の段階で気になるところです。

 

 

時代が変わり「子供が憧れる仕事」にも変化が

 

 

 

就活生にはそれぞれ企業を志望する理由があり、「昔から憧れていた職業だから」「安定感があり長く勤められるから」などと就活のプロセスに違いは無くても、人によって抱く気持ちはバラバラです。無論それは保育園児や小学生といった幼い子供達も同じ事が言えます。就活氷河期を経験した親達は、就職への意識や体験が今の就活生と比べてネガティブ寄り。前述の派遣切りや求人倍率の上昇などと神経を切り詰めて切り詰めてようやく正社員という身分を名乗れるようになった“古強者”なのです。そんな彼らと今の子供達では、“子供が憧れる仕事”の認識にも当然大きなギャップが生まれています。親達が「同じような苦労を味わってほしくない」と考えて子供達へ大手など安定性のある企業を望んでも、やはり純粋な子供は「警察官」や「ケーキ屋さん」といったお馴染みの職種を選びがちです。ただ近年動画投稿による収益化の影響で「youtuber」という新たな職業も生まれ、これが今では“将来就きたい職業”のトップに挙がってきています。youtuberは毎日のように動画を更新する根気と日々新たな試みをして視聴者を楽しませるアイデア性とオリジナリティーが求められるエンターテイナー職。人気度もバラつきがあり、良い動画を出しても自身のチャンネル登録者数や再生数、動画の評価が得られなければ継続していくのに限界が生まれる非常にシビアなもの。ですが撮影や編集する環境と機材を扱う多少のPC知識が備わっていれば、誰でもデビューが可能であり続ける意思と発想力があれば売れっ子として高収入を得られるチャンスがあるのです。

平成初期中期では考えられなかったこの働き方も、30年という長きに渡る平成の立派な産物の一つといえますね。

 

 

今と昔で違う就活生が“求めるもの”

 

 

 

1988年の平成元年と現在の就活生では、働き方に対する意識と企業選びの指標に大きな差があります。というのも、平成元年(バブル前後)で動いていたかつての就活生は、出世へ意欲的な傾向にありプライベートを割いてでも仕事や企業に貢献したいと強く想っていました。しかし職業だけでなく働く事自体に多様性の生まれた昨今の就活生の間では、どんなに好待遇な職場でも自分の時間を優先したいと思う人が増加してきたのです。また終身雇用制度が崩壊した現在では、一つの企業に何十年も勤める意識が薄れ、早い段階から自身の市場価値を上げて、理想的な企業を見つけたら転職も厭わないという声が大きくなってきました。ただ就活の場面ではいつでも注目の的である大手企業の支持度は今も昔もそこまで差が無く、“大手の盤石な基盤”という社会人としての安定を強く希望する人の数は今後も増減しないかと思います。

 

 

 

 

ただ細かな企業選びを見ていくと、平成初期は給与面を重視している傾向にありましたが現在だとワークバランスを気にする人が目立ちますね。新卒を対象に行ったアンケートでは、平成元年では上位の理由に「給与が高水準」「福利厚生が優れている」というのがベターでした。しかし今の新卒が企業を選ぶ基準でいうと「福利厚生」が一位の理由であり「やりたい仕事が出来る」が二位、そして三位に「ワークバランスが取りやすい」とありました。今の若者が「仕事とプライベートが上手く両立出来るのか」をどれだけ強く意識しているのかがよく分かる結果内容ですね。

 

そして就業時間への認識にも差が生まれています。元年当時では多くの人が「給与が良ければ就業時間が長くも良い」と考えていました。もちろん今の若者もその考えを支持しているのですが、過去に比べると残業の存在を疑問視するタイプも多数おり、給与・勤務時間・プライベートの優先順位が時代と共に揺らいできた事が実感出来ます。

 

そして今では一般的なベンチャー企業も当時は無く、グローバルな働き方を期待出来る外資系企業についても30年前と現在では認識や待遇自体にも開きがあります。そしてネットビジネスが市場にも強く根付き、ネット社会の進出と共にAI技術が伸びてきた事で既存の仕事が機械に奪われるという懸念も上がってきました。その影響を受けないために企業の基盤だけを頼りにせず、自分のスキルを確立してどこでも通用するように自己研鑽の意識が高まっているのも特徴的です。そして以前の環境とは違い近年では男性と同じように女性でも働きやすい職場環境の見直しが図られ、産休や育休も取りやすくなったり、女性の管理職が増えてきたのも平成が始まったばかりのタイミングと大きく違う点です。

 

 

まとめ

 

 

 

 

平成元年に就活に励んでいた世代は現在だと定年を控える立場で、現在最前線で就活に取り組んでいる者は新元号後に生まれる初の新卒という立場になります。この30年間で企業の数や業種に働き方など数々の変化があり、就活生自身も時代の流れに左右されてきました。令和では就活生がどんな意識で企業選びをしていくのか、そして新たな世代が今後の働き方にどんな変革をもたらしてくれるのか、今後の動きに注目していきましょう。